ソーシャルワークの倫理
実践者の心に宿る価値観と行動規範
📖 目次
1. ソーシャルワーク倫理とは何か
ソーシャルワークの実践において、倫理は単なる規則ではなく、専門職の魂そのものです。倫理綱領は、クライエントの尊厳を守り、社会正義を実現するための羅針盤となります。日本社会福祉士会の倫理綱領では、人間の尊厳、社会正義、専門職としての誠実さが明確に謳われています。
実践現場では、クライエントの自己決定権と保護のバランス、守秘義務と情報共有の必要性など、複雑な倫理的判断が日常的に求められます。これらの判断は、ワーカー個人の価値観ではなく、専門職としての倫理的枠組みに基づいて行われなければなりません。
2. 倫理綱領の核心的価値
国際ソーシャルワーカー連盟(IFSW)の定義によれば、ソーシャルワークは人権と社会正義を基盤とする専門職です。具体的には以下の価値が重視されます。
核心的な倫理原則
人間の尊厳の尊重は最も根本的な価値です。すべてのクライエントは、その背景や状況に関わらず、尊厳ある存在として扱われる権利があります。次に、社会的包摂の推進があり、排除されがちな人々の権利擁護が求められます。
さらに、専門職としての責任も重要です。ワーカーは自己の能力の限界を認識し、継続的な研鑽を積む義務があります。利益相反の回避、適切な境界線の維持など、プロフェッショナリズムの実践が倫理の核心を成します。
3. 倫理的ジレンマと意思決定
現場では、異なる倫理原則が対立する倫理的ジレンマに頻繁に直面します。例えば、自殺企図のあるクライエントの守秘義務と生命保護の責任の衝突などです。
Reamerが提唱する倫理的意思決定モデルでは、倫理原則の階層化と文脈的判断の統合が重要とされます。生命の保護は一般に守秘義務より優先されますが、各状況の固有性を慎重に検討する必要があります。スーパービジョンや倫理委員会での協議も、適切な判断のために不可欠です。
4. 実践事例:倫理的葛藤の解決
事例:高齢者虐待への介入
地域包括支援センターのワーカーが、息子による経済的虐待の疑いがある高齢者を担当。しかし本人は「息子との関係を壊したくない」と介入を拒否しました。
倫理的考察:ワーカーはクライエントの自己決定権を尊重しつつ、高齢者虐待防止法に基づく保護義務も負っています。この事例では、信頼関係構築を優先し、段階的な情報提供と選択肢の提示を通じて、本人が主体的に支援を求められるよう支援しました。最終的に、本人の意思を尊重しながら権利擁護を実現する道筋が見出されました。
このように、倫理的実践とは、教科書的な原則の適用ではなく、個別状況における創造的で思慮深い判断の積み重ねなのです。
5. 参考文献・論文
- 日本社会福祉士会(2020)『社会福祉士の倫理綱領』公益社団法人日本社会福祉士会
- Reamer, F. G. (2018) “Social Work Values and Ethics (5th ed.)”, Columbia University Press
- 国際ソーシャルワーカー連盟(IFSW)(2014)『ソーシャルワークのグローバル定義』
- 杉本貴代栄(2019)「ソーシャルワーク実践における倫理的ジレンマ」『社会福祉学』第60巻第1号、pp.14-28
- Banks, S. (2020) “Ethics and Values in Social Work (5th ed.)”, Palgrave Macmillan
- 太田義弘編(2021)『ソーシャルワークの倫理と価値』中央法規出版


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